(リンクフリー 転載・拡散歓迎)  新たな”知”の交流と”志”を求めて

「大阪(関西)の力」

「大阪(関西)の力」

「大阪(関西)の力」

 はじめに
 周知のように大阪の未来を大きく左右する大阪都構想は住民投票の結果、否決された。橋下氏の提唱した構想すべてを是認するわけではないが、停滞し、閉塞した大阪の現状を顧みる時、風穴を開ける一つのチャンスが潰えたという残念さは否定できない。

 しかし、この結果も私から言わせればこれまでの橋下氏の政治手法、強引な府政・市政運営への市民からのしっぺ返しの感が強い。「ぼんやりした民意」を唯一の味方として突っ走ってきた氏にとって、わずかの差ながらその民意の判断で最大の目標が潰えたことは、氏にとって「もって瞑すべし」とすべきだろう。

 明敏な氏が「引退」を口にするのも当然という気がする。大阪市の存続という結果が出てから、各政党間で協議会の立ち上げなど、府市連携への新たな模索が図られるようだが、これまで何度も試みられながら現在の体たらくが続いているのを見れば先行きは必ずしも明るくないと思われる。

 しかし、ここで諦めるわけにはいかない。膨大なエネルギーとコストを使って市民の多くが今後の大阪の進路を真剣に考えたことを無駄にしてはならないと思う。その思いに立って、大阪の、そして関西復権へつながるささやかな提言を以下に記したいと思う。

 1 8年間の徹底的総括を

 橋下氏の今回の敗因は高齢者、なかでも女性の支持を得られなかったことにあろう。緊迫する府・市財政の改善のために、今後ますます膨れ上がる高齢者への医療・福祉等社会保障費のカット、それらに関連した予算への大胆な切りこみへの不安が反対票に結び付いたのだ。

 「皆さんは破産会社の社員である。」という就任直後の府庁職員への宣言に象徴されるように財政再建を旗印に大幅な人件費削減による徹底的な公務員いじめ、組合活動への過干渉、大胆な生活関連予算の見直しと歳出カット、文楽への補助金見直しなどの芸術・文化政策をはじめとした氏の改革パフォーマンスに快哉を叫び、拍手喝采した人々の多くが、今回は今後自分たちの生活へ向けられるだろうその剛腕に大きな不安を抱いたのである。先に「しっぺ返し」と述べたのはこの意味である。

 ことほど左様に8年に渡った橋下氏による政治の本質が支出削減というスローガンの下、激烈な改革志向にあったことは確かである。水道事業や大学、病院の統廃合・地下鉄民営化・府庁の南港移転・教育委員会改革・カジノ特区を目玉とする臨海地区の開発etc.(これらの多くはいまだ実現の見通しがつかず、その途次にある)。

 さまざまな面で地盤沈下が止まらない大阪にかつてのように西日本の核としての繁栄を取り戻させるため、かなりドラマスティックな変革が追及された。やがてその変革の方向が、現在の大阪の沈滞の原因が府・市対立、二重行政の弊害にあるとの認識に矮小化され、大阪都構想へ集約化されたのである。

 結果的にはその戦術が、今後のあるべき大阪像をめぐる総合的・長期的なヴィジョンの十分な提示に至らず、大阪市の存続の是非に収斂されたことは大変残念である。

 今、橋下政治が終わろうとしている時、大阪の政界のみならず各方面で祭りの後のような弛緩した空気が流れていることを憂慮したい。数多くの市民が大阪の未来について真剣に考え、投票したことは民主主義の基盤である地方自治の貴重な実験でもあった。

 それを単なる一過性の政治イヴェントとすることはもったいなさすぎる。今こそ、橋下氏の知事・市長として打ち出した政策のどこがすぐれていたのか、どこが間違っていたのか、それらはどこまで実現できた(できそうな)のか、府庁・市役所の組織・体制はどのように変わったのか、教育委員会や学校はどうなのか、これらを周到に研究し分析することが重要だと思う。

 なぜなら、府・市議会の各会派はもちろんメディアも学者も関西財界も8年間の橋下政治を改革の「遺産」として捉え、徹底的に検証し評価し批判することを通してしか、われわれが目指すべき今後の大阪像構築は不可能だと思うからである。(氏のデビュー時の「橋下本」の氾濫が今こそ必要なのだ。)

 2 歴史・文化都市としての大阪と民力

 橋下氏の改革で一番の失政と言えるのは、文楽はじめ大阪フィル・センチュリー交響楽団・市音楽団への補助金削減などの文化・芸術政策であろう。

 多数のブレインによる府の財政再建プラン、市政改革プランのもと「行政が文化を育む時代は終わった。」と、次々各種団体(ワッハ上方・大阪ヨーロッパ映画祭・国際児童文学館や市美術館統合問題等。他に文化施設ではないがドーンセンター・クレオ大阪の統合計画や水道博物館の休館・大阪バイオ研究所の理研への移管・リバティおおさかへの補助金停止などもある)への予算の見直しや補助金削減・廃止は、確かに短期的には当該施設・団体の活性化や意識の変革を促し、また財政への寄与はあっただろうが、広く市民の教養・知的好奇心を刺激し醸成する国際的な都市機能としての魅力という点で、大阪の都市格を大きく下げることになったのではないか。

 その好例が児童文学館の閉鎖と中央図書館への統合である。周知のように鳥越信氏のコレクション寄贈を契機として千里の地に発足した「大阪国際児童文学館」は児童書・漫画・雑誌・絵本など70万冊の蔵書を誇り、世界的にもユニークな児童文学専門図書館として内外の研究者のみならず一般の愛好者にとっても貴重な施設であったが、反対意見を押し切り荒本の府立中央図書館に吸収合併された。

 このことでどれほど大阪の文化都市としてのイメージが毀損されたか、長期的に見れば計り知れないものがある。首長の職務の一つとして長期的展望に立った自治体の将来ヴィジョンの構築が不可欠であると思うが、橋下氏の政治には御堂筋や地下鉄建設に代表される第7代市長、関一の数十年先を見据えた先見性と比べるまでもないと言っていいほど都市計画・環境文化政策の観点が見られない。

 あるのは新自由主義的経済政策による「金と効率」優先、実用を重んじ目に見える効果を第一義とする考えである。

 もっとも先ごろ文科省が国立大学の文系学部に組織再編を迫ったように、この考えは橋下氏だけでなく今の日本の行政の主流になっている。また、大阪では明治の三高の京都移転や帝国大学誕生(阪大)の遅さ、公立の商業学校の多さなどから分かるように実用・実学の重視、学問・芸術の軽視は近代的商都としての大阪の伝統と言えるものであったから氏を一概には責められない所もある。

 むしろ、その意味での「大阪化」が全国的に進んでいるのかもしれない。が、ここで忘れてならないのは江戸中期の懐徳堂、後期の適塾の存在である。豪商や蘭学者の開いた塾が多くの実りを生んだのは、学問を愛した多くの町衆の支持と応援によるものでもあった。この点、実用一点張りの考え方は本来の大阪のものではないと言える。

 経済の長期低迷による財政緊迫も分かるが、財政再建最優先で二、三年先の効果を期待しすぎるあまり、伝統的な都市としての魅力を失い、未来への糸口を自ら閉ざしてしまうことを私は恐れる。

 かつて、「東洋のマンチェスター」と呼ばれ「大大阪」と称揚された繁栄をもたらしたものは、江戸期以来の物産・資源の集積地としての商圏を基盤とする大阪の鉄鋼・金属・紡績・繊維産業をはじめとする工業・商業・経済活動の充実であったが、それを支えたのは民力(民間の力)だった。

 今もすぐれた観光資源となっている中央公会堂や二代目の通天閣、大阪城天守閣などは個人の寄付や庶民の献金で建てられたのである。船場や北浜に今も残る西欧建築の魅力的なビル群も活発な企業活動の所産である。

 現在の大阪の民力の衰えは戦時の統制経済による東京一極集中政策とその後の大阪発祥の大企業本社の東京移転、家電産業の衰退に見られるように産業構造の転換への乗り遅れや官公庁との結びつきの希薄さやグローバルな「情報獲得競争」の失敗が大きいと思われるが、新しい魅力的な製品はすべて大阪から生まれると言われた頃のような自由で進取的な企業家精神の衰退もその要因であろう。逆に言うと「民力の回復」こそ大阪復権への近道になるのではないか。

 私見によれば、民力の回復は大阪らしさの追求から始まる。つまり、江戸期、いや難波宮・万葉のころから連綿たる重層的な歴史に支えられた庶民文化の堆積の再発見・再評価である。

 文楽(浄瑠璃)・歌舞伎から能狂言・落語・舞・邦楽に連なる上方芸能、新喜劇・軽演劇・漫才・浪曲など大衆芸能、個性豊かな四つの交響楽団や市音楽団の演奏活動、各種映画祭・音楽祭の実施、多彩な美術館・博物館・図書館の展示運営などの文化・文化活動、さらに四天王寺・住吉大社・大阪天満宮などに代表される寺社、戦前に建てられたレトロなビル群等の文化財、これら大阪らしさを象徴し体現するものを生み出した庶民文化を大切にし、応援し、盛り立てていく、そのことで大阪の「民力回復」の礎とする、これが今後の大阪の目指すべき道ではないだろうか。

 財政再建を至上命題としてモノやハコを壊したら、その可能性を断ち切ることになる。後で悔やんでも遅い。保存するより建て替えを善しとするこの国の建築観に代表される考え方をそろそろ抜本的に改めるべき時である。

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional